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第4話 ママのご飯、もういらない

last update publish date: 2026-08-15 09:44:10

 修司の指が止まった。美咲も一瞬だけ目を見開く。二人の間に、短い沈黙が落ちた。

「今する話か。美咲も蒼太もいるんだぞ」

 修司は糀を見ず、テーブルの上の酒瓶へ手を伸ばした。

「だから聞いているの。どうして私に黙っていたの?」

「子どもの前だ。騒ぐな。あとで説明する」

「糀ちゃん、誤解よ」

 美咲は声だけを柔らかくした。膝の上では、指先が固く組まれている。

「誤解なら、どうして二人とも答えないの?」

 修司は面倒そうに息を吐き、「あとにしろ」と話を切った。

 食卓の中央には、美咲のグラタン、ペンネ、カップサラダが置かれた。

 義母は糀の皿を端へ押した。手まりおにぎりの皿が、テーブルの縁ぎりぎりで止まる。

「美咲さん、ここ座って。蒼太の隣がいいでしょう」

 修司、義母、蒼太、美咲。

 四人が座ると、糀の椅子はなかった。

「糀さん、お茶をお願い」

 糀は湯呑みを運び、取り皿を出し、スプーンを並べた。蒼太がソースをこぼすと、義母が布巾を要求した。

「糀ちゃんも座って」

 美咲はそう言いながら、自分の席を少しも動かなかった。

 糀は台所から折りたたみ椅子を運び、テーブルの端に置いた。修司は場所を空けようともせず、「早く食べよう」と美咲の皿を取った。

「美咲さんのご飯、お店みたい」

 蒼太がグラタンを頬張って笑う。

「蒼太、そのおにぎり、前は好きだったでしょう」

「今は、美咲さんの料理の方がいい」

「ママのご飯、もういらない」

 糀は返す言葉をなくし、蒼太の前のおにぎりを見つめた。

 蒼太は、小皿の手まりおにぎりを端へ寄せた。

「これ、もう下げて」

「はいはい。嫌いなものを無理に食べなくていいのよ」

 義母は小皿を取り上げると、台所のゴミ袋へ中身を落とした。

 ぽとり、と湿った音がした。

 蒼太の好きだった甘いそぼろを詰めた手まりおにぎりが、生ごみの上で崩れた。

 糀は空いた小皿を持ったまま、ゴミ袋の口を閉じた。

 食べ物には何の罪もない。家族のために作ったものまで、どうしてこんな扱いを受けなければならないの。

 もう、この家から消えてしまいたかった。この残酷な義母と美咲の顔を、二度と見ずに済む場所へ。

 美咲は、食卓の中央に並べた自分の料理をきれいに撮ろうと、スマートフォンを構えた。

 画面をのぞきながら、空いた手で、脇に置かれた糀の皿をさらに押しやろうとする。

 糀は、自分の皿に手を添えた。

「その料理は、家族に食べてもらいたくて作ったものです」

 美咲の手が止まった。

「邪魔なものみたいに扱わないでください」

 食卓が静かになった。

 みんな、まるで糀を責めるように見ていた。

 余計なことを言って、雰囲気を壊す人。

 私が悪いの?

「いい加減にしろ。美咲は手伝おうとしただけだ」

 修司は糀をにらんだ。

「蒼太の前で空気を悪くするな。食事くらい静かにできないのか」

 糀は黙って立ち上がった。エプロンを外し、椅子の背にかけた。

 そして、寝室に入り、ドアを閉めた。

 修司は一瞬驚いたが、引き止めようとはしなかった。

 義母は美咲のグラタンを褒め、蒼太は糀の方を見なかった。

 しばらくして、糀は部屋から出てきた。

 台所の流しには皿が山のように積まれていた。

 糀は台所へ向かったその時、

 蒼太と美咲の楽しそうな話し声が聞こえてきた。

「もう載せたの?」

「うん。蒼太くん、かわいく撮れてる」

 美咲は、わざと見せるようにスマートフォンを少しこちらへ向けた。

 糀の視界にも、投稿画面が入った。

《家族との食卓。大切な人たちと囲む、あたたかい夜》

 写真の中央には、美咲のグラタン。端には、糀の手まりおにぎりが、小さく写り込んでいた。

 コメント欄には、もう文字が並んでいる。

《美咲さん、料理上手》

《こんなご飯を作れる人が家にいたら幸せ》

《手まりおにぎりもかわいい。さすが美咲さん》

 この人たちは、あなたの家族じゃない。

 そう言いたかった。

 けれど、糀が声を出す前に、投稿へ新しいコメントがついた。

《修司さん、幸せそう。素敵な奥様ですね》

 美咲の指が、そのコメントに返信を打ち始めた。

《ありがとうございます》

 なんだろう、このコメントは。

 美咲の周囲では、美咲が修司の妻で、自分など初めからいないことになっているのだろうか。

 糀は濡れた手を布巾で拭き、スマートフォンを強く握って、修司のいる書斎へ向かった。

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